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【スペシャルパンセット販売中】パンの研究所「パンラボ」による"パン人"紹介! 「シニフィアン・シニフィエ」志賀勝栄シェフを深堀り

2024.09.09

ここ数年、日本は空前のパンブーム。パンの研究所「パンラボ」主宰でブレッドギーク(パンおたく)の池田浩明さんが、日本のパン業界の重鎮や新しいムーブメントを作り出している気鋭のパン職人=パン人(ぱんじん 命名by池田さん)にフォーカス。今回は、伝説のベーカリー「Signifiant Signifie(シニフィアン・シニフィエ)」の創設者で、パン職人のバイブル的な本の執筆も行ってきた志賀勝栄さんをご紹介。パンの知識を増やしたい、もっとパンを好きになりたい方、必読!

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現代のパンの歴史をつくりつづける志賀勝栄シェフ

現代のパンシーンに進化をもたらした志賀勝栄シェフ。現在の最先端の製法の多くが志賀さんの着想であることは驚くべきほど。

志賀さんは1955年新潟生まれ。「カフェ・アルトファゴス」、「パティスリーペルティエ」「ユーハイムディーマイスター丸ビル店」などでシェフブーランジェを歴任した後、2006年10月に東京・世田谷区で自身の店「シニフィアン シニフィエ」をオープン。2023年5月に惜しまれつつ実店舗を閉店してからはオンラインで販売しています。

志賀さんがこれまでに作ったパンをたどることは、さながら日本のパンの現代史のよう。

42歳のとき「ホテルパンの父」と呼ばれる福田元吉シェフの元を離れ、最初に就任したベーカリーカフェ「アルトファゴス」時代に、イースト量を極端に少なくし、前日から長い間発酵をとった低温長時間発酵のバゲットを披露。今では志賀さんの代名詞となった”低温長時間発酵”を日本に広めるきっかけを作りました。

”低温長時間発酵”の普及

「フランス料理人の会『クラブ・デ・トラント』の新年会で長時間発酵のバゲットを出したら、参加者にとても好評で、『俺が修業してたパリで食ったバゲット』だと喜ばれて。そこには当時人気だったTV番組の『料理の鉄人』の坂井宏行さん(ラ・ロシェル)とか、石鍋裕さん(クイーン・アリス)、三國清三さん(オテル・ドゥ・ミクニ)もいらっしゃいました。『これ作ったやつ誰だ?』ってことで、何人かは挨拶に来てくださいました」

長時間発酵による濃厚な風味は衝撃的。しかも、仕込みを前日に終わらせることができるので、朝早く来てパンを作らなくてもよいという。志賀さんは「アルトファゴス」のシェフになる前、福田シェフがこの世を去ったあと、自分はパン職人としてどのように生きるべきか、模索していたそう。 

「実は発酵時間が、基本製法よりも長い4時間か5時間ぐらいのバゲットを、『ドンク』の技術顧問をやってらっしゃるシモン・バスクロウさんも勉強会でやっていたんです。彼の2倍の長さの発酵を取れば、帰る前に仕込んだら、朝ちょうど分割からはじめられる。酵母量を半分かもうちょっと減らしたらいけるんじゃないかなって」と志賀さん。

モチベーションの約90%は おいしいバゲットを作ること

全自動で温度を管理する機械などなく、冬場は室温に放置、夏場はホイロ(発酵機)に氷を詰めて20度以下の温度を作っていた時代。

 

「パンを作ることのモチベーションの約90%はおいしいバゲットを作ること。いろんなところで食べても圧倒的なものは感じなくて。もっとうまいものはどうやったら作れるんだっていうのが僕のパンを続けるモチベーションですから」

 

志賀さんのバゲットは数々の勲章ほか、雑誌『BRUTUS』の誌上企画では関東の1位を獲得。志賀さんはそうなる自信があったそう。

 

「『BRUTUS』のときには、焼き加減にしても発酵の加減にしても、もう僕の世界ができあがっていました。例えば焼きあげにしても、10~20秒の『ここだよね』っていうその瞬間。すべてのパンについて、『この焼きで完璧なはず』って思ってやってます。ベンチタイム(成形のあと生地を休ませる時間)とかフロアタイム(一次発酵)もぜんぶ含めてね」

 

低温長時間と並んで志賀さんがパイオニアとされる高加水製法。それは前述した勉強会のメンバーである仁瓶利夫さん(当時ドンク)が先駆けだったけれど、志賀さんは模倣するのではなく、もっと上を目指したそう。

「ある程度の水を入れてこね、さらに水を足していくやり方で、どこまで生地に水を入れられるんだろうみたいな試作は、アルトファゴス時代からやってます」。

 

志賀さんの挑戦によって、私たちの知らなかった、「もっと先」のおいしさが生まれました。

キタノカオリとの出合い、加水量110%の手ごねのチャバタ

今はいろんな店で見かけるようになった手ごねのチャバタ、「オ・ドゥ・ブレ」。志賀さんが、当時まだマイナーな存在だった北海道産小麦「キタノカオリ」と出合ったことで誕生しました。

 

「製粉会社の担当者に特徴を訊いたら、『パンは作りにくい粉だけど、アミロペクチン(アミロースと並んででんぷんを構成する高分子)が多いんですよね』。それで、タピオカでんぷんみたいに扱ったらおもしろいなって、ピンときた」

 

でんぷんのアミロペクチンが多い=もちもち。このタピオカのような食感にフォーカスした志賀さん。

 

「粉に水を含ませて、グルテンをつなげるってことを最低限にしたら、お餅みたいな食感のパンが作れる。でんぷんの粒子がいっぱい水分を含んでいると、オーブンで温められたときに、水分が気化した力で生地がぶわっと膨らむ。とてもおもしろいパンが作れるんじゃないかなと思って」

 

キタノカオリと、小麦粉の分量を超える110%の水でできた生地をつなげる。手でこねるとキタノカオリならではの黄色い色も残り、ミルキーな甘さやごはんのようなでんぷんのおいしさが際立ちます。このパンの誕生によってキタノカオリという小麦粉の魅力も広まりました。近年流行の製法「湯ゲル」も、元は湯種よりももっとたくさんのお湯を加えて作る、志賀さんが「スープ」と呼ぶ製法にあります。これも、発酵時間や加水量と同じく「もっと先」を目指したもの。

 

「果たして水分量をどのぐらいにするといちばんおいしいのか。パンという形にすることと、理想的なでんぷんのおいしさっていうのは、またちょっと別の問題かなと思います。パンっていう形があるから、その枠の中で考えてるだけであって」今ある常識の中でパンを作らないといけないという無意識の先入観の外側を志賀さんは見つめています。

 

「湯ゲル」は私たちが知らなかったパンのおいしさの扉を開きました。

側面がギザギザの山型食パンは‟志賀インスパイア系”

「湯ゲル」を使って作られるパン・ド・ミも、日本のパンに大きい影響を与えました。パン好きは、店頭で、側面にギザギザの斜め線が入った山型食パンをを見たら、“志賀インスパイア系″と判断するという話も。

 

「ご飯のようなできるだけシンプルなパン。フランスではバゲットが主食っていうんだったら、日本の主食になるのは、みんな食べるのが好きな食パン。小麦と塩と酵母だけ。炊いたご飯みたいに、なにも添加しないで、おいしいものができたらいいなと思いました。健康とか、医食同源とか、『シニフィアン・シニフィエ』のテーマを追求していくうちに、イーストも使わず、ってことになりました」

 

油脂も砂糖も市販のイーストさえ使わない。生地の伸びをよくするために必要な副材料を削ぎ落とし、高加水によって、食パンにふさわしいボリュームを与えています。

 

「圧倒的に加水が多いと、ふわーっと伸びる。水分が油脂の代わり、潤滑油の役割をしている」

 

イーストなしに生地を持ち上げること。志賀さんに引き継がれている、ちょっとやそっとでは真似することもできない神業です。オリジナルであり、スペシャルであること。独立以来、それを自らの仕事に課し、さらに後につづく若手に期待する志賀さん。

 

「世の中のわかりやすいレシピをもう1回全部分解して、このパンのおいしさはどこにあって、どうしたらもっとおいしくできるかって考える。どういうエッセンスを入れたら今までの価値観にないものを作れるのか、それを考えるのはとても大切なこと」

残りの職人人生をかけているパン

分解し、新しい価値観で再構築する。そんなアプローチで、残りの職人人生をかけたライフワークとして、志賀さんが取り組むパン、パネトーネ。

 

「パネトーネはイーストを使わないだけに非常に難しいし、デリケートな生地。いまだに正解がよくわからない。正解ってまだ本当は見えてないっていうか、もっとちがうおいしさがあると思ったり」

 

「イタリアの百花蜜がパネトーネにすごく合うなと。基本的に熱を入れてない蜂蜜が僕好きで、発酵に影響を与えるからもろ刃の剣で、ますますハードル上げちゃってます。やっぱり自然落下で取った蜂蜜が、その蜂蜜の独特のうまさがあると思うし。完成まで10年ぐらいかかるんじゃないかな。もうガウディのサグラダ・ファミリアです(笑)」

 

パネトーネが持ちこたえる、ぎりぎりの気泡膜の薄さと、それが生む、じゅわーっとあふれだすような口溶けから、はちみつの香りとパネトーネ種が生み溶け合う乳酸の甘い香り。今でさえ狂わせるほどのおいしさなのに、サグラダ・ファミリアが完成したとき、どんな感動が生み出されるのでしょうか。

志賀さんの発想の源は?

誰も作れなかったものを生み出す発想を得るため、大切にしているのが読書という志賀さん。

 

「最先端科学が好き。科学にはエビデンスがちゃんとないといけないし、ひとつひとつ確実に目標に向かって塗り潰していく作業はすごく素敵だなと思う。DNAの二重らせんを発見したワトソンとクリックの本を読むと、論理的なのに加え、やっぱりときどきひらめきが必要なんですよ。だけどひらめくためには、準備されている必要がある。あとは、自分で何回も試作をやっていて、あとなにか一歩足りなくてうまくいかないんだけどなんだろう、みたいなことが、その人の中でできあがっていると、ほんのちょっとしたヒントでひらめくことができる」

 

たゆまぬ勉強と試作の果てにあるブレークスルーのひらめき。

「人間って1回成功すると、その成功体験がどうしても主軸になってしまうから、それを捨てることができないとそこから自由になれない。成功も考え方を狭くするひとつだと思っていて。だから常に自分を全否定するような、新しい考え方とか価値観を自分の中に入れ、積極的に取り入れようという努力はすごく大事だと思う」

バゲット、チャバタ、パン・ド・ミ……。称賛されつづける成功さえ捨て去り、志賀さんは69歳にして、「もっと先」に向かいつづけています。

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